Marvelous Crown

マーベラスクラウン
栗毛 騙 1990年3月19日生
父 Miswaki 母 モリタ 母父 Harbor Prince
競走成績 22戦7勝
1994年 ジャパンカップ (GT) 1着
1994年 京都大賞典(GU) 1着
1994年 金鯱賞(GV) 1着
 管理人は特に馬券上手な訳ではないから、予想が当たるなんてことは滅多にない。遊び盛りでいくらお金があっても困らなかった昔ならいざ知らず、現在ではワンコインベッターとして細々とレース観戦料を納めながらこの100円が名馬の育成、老後の足しにでもなってくれればと本気で思っている。
 そんな管理人が今でも予想を当てたいと思うレースが2つだけある。一つは世代の最高峰を競うダービー、そしてもう一つが今でこそ国際競走が多くなったものの当時外国から一流と呼ばれる馬がやってきて実績の比較が難しいとされたジャパンカップである。パドック党と称していた管理人にとって、相馬眼を試す意味で最も馬券に力が入るレースと言ってよかった。(もっともその相馬眼とやらはアテになったことは少ない)
 しかし第14回ジャパンカップはジャパンカップに思い入れを持つ者としては日本競馬界に対して最も腹を立てたレースである。王者ビワハヤヒデの引退はあったもののナイスネイチャフジヤマケンザン、マーベラスクラウン、マチカネタンホイザ、ロイスアンドロイス…「何やねん、これで日本代表かい?!」…それに対して10頭全てがGT覇者の外国勢。日本はジャパンカップをなめてるんかい!そんな疑問の中でちょっとだけ興味があった話題といえば前述ビワハヤヒデの引退で流れてしまったナリタブライアンとの兄弟対決の代わりとしてかなり地味な兄弟対決が実現すること。母モリタの腹に入ったまま輸入された持ち込み馬マーベラスクラウンとGT覇者とはいえグランドフロティラという全く人気になりそうもない馬が兄弟だと小さな記事になっていたのである。ビワとブライアン、クラウンとフロティラ…どっちの兄弟対決見たいかって言われりゃ比べようもないっていうか、例えるなら「同時刻に横浜の夜景見ながら伊東美咲とデートするのと近所のマックで森三中がハンバーガー大食い対決やるからスポンサーになるのとどっちかでいいからやってくれ」って言われているくらいの違いだろうか…
 で、結論から言うとこのレース、並居る強豪を抑えて頂点に立ったのはマーベラスクラウンであった…重賞未勝利のロイスが日本馬最先着するも勝つのは4ヶ国でGT勝ちというアップルツリー(結果ドンケツ)という予想に行き着いた管理人にとって、第14回ジャパンカップの結果は森三中の3人を1年間メシ食い放題で居候させなければならない程の忌まわさだけが残った…ちなみに兄は0.8秒遅れでナイスネイチャと同着で8位に入線した。 人間悔しい思いの方が大きいというのは、別段強い思い入れがある訳でもないこの馬の異様に長いコラムが十二分に証明してくれている。
 別にマーベラスクラウンの勝利を馬鹿にしているわけではない。ジャパンカップの勝ち時計も優秀なもので立派な金星であった。
 繁殖ネタがない騙馬のクラウンなのでもう1ネタ。最後の勝利になるジャパンカップも含めた7勝中4勝までがハナ差でずば抜けた根性を持っていた反面、それがジャパンカップ迄に無理と負担の蓄積という形での故障発生を招いたのかも。また騙馬であるが故に限界を超えても走る以外のアイデンティティがなかった運命が、地方競馬という裏舞台での競走能力喪失により半ば無理矢理な競走生活の終焉を迎える悲劇を招いたという見方も間違えてるとは思わない。前年のレガシーワールド同様、緩いレースにはならないジャパンカップ勝利で燃え尽きた2頭の騙馬の馬生は競馬界に新たな波紋を投げ掛けて行ったのかもしれない。もしこの2頭の放った輝きとその後の凋落がBTC引退助成金システム(クラウン引退の翌年から適用)のキッカケになったのだとしたらジャパンカップ勝利以上の功績だったと声を大にしたい。(2006/10/24)
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 マーベラスクラウンは2007年6月2日、病に倒れ死亡しました…合掌
現況:2007年6月2日・17歳没

2007/6/6

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